建設業のグループ会社間での人材交流や、食品製造業における関連企業への技術指導など、企業間で従業員を異動させる「出向」は人事戦略です。
しかし、従業員が別の会社で働くと「給与はうち(出向元)と相手(出向先)のどちらが払うのか?」、「社会保険や労災保険の手続きは?」という実務が絡んできます。
本記事では、一般的な「在籍出向」の給与計算ルール、保険関係の管轄を図解と表を用いて解説します。
1. 出向社員の給与は「出向元」と「出向先」どちらが払う?
出向には、元の会社に籍を置いたまま別の会社で働く「在籍出向」と、元の会社を退職して別の会社に入社する「転籍出向」があります。
実務上トラブルになりやすいのは、籍が二重になる「在籍出向」のケースです。
在籍出向の場合、給与をどちらの会社が直接本人に支払うかは、出向元と出向先の間で結ばれる「出向契約書」によって自由に決めることができます。
主に以下の2つのパターンが存在します。
| 支払いパターン | 特徴と実務上のメリット・デメリット |
|---|---|
| パターンA (出向元が支払う) ※最も一般的 |
今まで通り、元の会社(出向元)が本人へ給与を振り込み、後から出向先へ「出向負担金(給与相当額)」を請求する方法です。 従業員は給与水準や振込口座が変わらなく、社会保険等の処理もスムーズに進むため、推奨されるパターンです。 |
| パターンB (出向先が支払う) |
実際に働いている会社(出向先)が、直接本人へ給与を振り込む方法です。 出向先の給与規程が適用されることが多く、給与水準が下がるリスクがあるため、不利益変更のトラブルなどのデメリットがあります。 |
2. 最も間違いやすい「社会保険」と「労働保険」の管轄まとめ
出向社員の給与計算において、全国の経理担当者が最もミスしやすいのが「保険関係のねじれ」です。
社会保険(健康保険・厚生年金)と労働保険(労災保険・雇用保険)では、どちらの会社で手続きを行うべきかの法律上のルールが全く異なります。
上記「パターンA(出向元が給与を支払う場合)」を前提とした場合、保険の管轄は以下の表のようになります。
| 保険の種類 | 管轄する会社 | 実務上の取り扱いルール |
|---|---|---|
| 社会保険 (健保・厚生年金) |
出向元 | 原則として出向元で被保険者資格を継続するケースが多いですが、出向先から報酬を受ける場合などは「二以上事業所勤務届」の提出が必要となることがあります。 |
| 雇用保険 | 出向元 | 従業員の生計を維持する主たる賃金を受けている「出向元」で加入を継続し、給与から天引きします。 |
| 労災保険 | 出向先(※要注意) | 実際に指揮命令を受けて就労している出向先で適用されるのが原則です。出向元ではなく、出向先の労働保険料申告(年度更新)に含めて計算する必要があります。 |
このように、給与や社会保険・雇用保険は「出向元」で処理しつつ、労災保険だけは「出向先」で申告するという、複雑な切り分けが求められます。
3. 出向負担金の「給与計算」と「請求」シミュレーション
実務のイメージを掴むため、「出向元」が本人に給与を支払い、「出向先」に対してかかった費用(出向負担金)を請求する場合のシミュレーションを行います。
下記、例として仮定した金額です。
【条件】
・出向社員の基本給:300,000円
・社会保険料(本人負担分・会社負担分ともに):45,000円
・雇用保険料(本人負担分):1,800円
・雇用保険料(会社負担分):2,850円
| 計算フェーズ | 具体的な計算内容 |
|---|---|
| ① 出向元から本人への給与計算 | 総支給 300,000円から、本人負担の社会保険料(45,000円)と雇用保険料(1,800円)、および所得税等の税金を控除して本人へ振り込みます。 |
| ② 出向元から出向先への「請求」 | 給与相当額 300,000円 + 会社が負担した社会保険料 45,000円 + 会社が負担した雇用保険料 2,850円 = 合計 347,850円を出向負担金として出向先へ請求(契約内容に応じて適格請求書を発行する場合がある)します。 |
※出向負担金の消費税(課税取引か不課税取引)は、出向契約の内容や請求項目の内訳によって判断が分かれます。
請求書を発行する前に、必ず貴社の顧問税理士へ取り扱いをご確認くださいますようお願いいたします。
4. 出向の給与計算に関するよくある質問(Q&A)
Q1. 残業代(割増賃金)は、出向元と出向先どちらのルールで計算すべきですか?
A. 労働時間は「出向先」のルールに従い、計算単価は「出向元」の基準を用いるのが一般的です。
出向中は出向先の指揮命令下に入るため、何時間働いたか、休日出勤をしたかという「労働時間の集計」は出向先のカレンダーや規程に従います。
しかし、その時間に対する残業代の支払いは、出向元の基本給ベースで計算して出向元が支払う(その後、負担金として精算する)のが最もトラブルの少ない運用です。
Q2. 出向先から直接「通勤手当」だけを本人に支払うことは可能ですか?
A. 可能ですが、社会保険料の取り扱いにリスクが生じます。
給与は出向元、通勤手当は出向先という「二名以上事業所勤務」では、年金事務所へ届出を行い両社の給与と手当を合算して、社会保険料を再計算する義務が生じます。
実務が非常に煩雑になるため、通勤手当も一旦出向元が支払い、後から出向負担金として精算する形に統一することを強く推奨します。
Q3. 出向社員のタイムカード(勤怠管理)はどちらが行うべきですか?
A. 日々の打刻管理は「出向先」が行い、締日のデータを「出向元」へ共有します。
労働時間の把握義務は、実際に働かせている出向先にあります。
そのため出向先でタイムカードを打刻し、月末にその集計データを出向元の経理担当者へ送付し、出向元がそれをもとに給与計算(残業代計算など)を行います。
両社で勤怠システムを統一しておくと、このデータ連携が瞬時に終わります。
Q4. 出向中の賞与(ボーナス)はどちらが支払いますか?
A. 出向契約によって決まります。
多くの企業では、出向元が賞与を支給し、その全部または一部を出向負担金として出向先へ請求します。
一方で、出向先の評価制度に基づいて賞与を支給するケースもあり、支給方法や負担割合は契約で明確に定めておくことが重要です。
5. まとめ:複雑な給与ルールの属人化リスクはアウトソーシングで断ち切る
出向社員の受け入れや送り出しは、企業の成長やグループ全体の最適化にとって欠かせない戦略です。
しかし、給与は自社が払うがタイムカードは別会社、労災保険だけは別で申告する、出向負担金を計算して請求するというのは経理担当者にとって複雑な処理です。
| 経営者が直視すべき「給与計算のストップ」という危機 |
|---|
| Aさんの出向負担金の計算式が、長年勤めるベテラン事務員1人の頭の中にしかない。 |
| タイムカードのデータ連携が紙やFAXで行われており、手作業での入力ミスが常態化している。 |
| もし明日、そのベテラン事務員が退職(または休職)したら、来月の給与計算ができない。 |
建設業や製造業など、人員の流動性が高い業種において、属人化(特定の担当者しか実務が分からない状態)は給与支払いが止まる経営リスクに直結します。
従業員が安心して働ける環境を守り、担当者の負担を劇的に減らすためには、紙やエクセルの管理から脱却することです。
そして、クラウド勤怠システムを活用して「誰がやっても給与計算が回る仕組み作り」が確実な解決策です。
自社の給与計算体制や、属人化による引継ぎ不能リスクに不安を感じた経営者様は、まずは労務管理と計算のプロである社労士へご相談ください。
貴社とグループ企業の連携をスムーズにするクラウド勤怠の導入から、間違いのない給与計算アウトソーシング(代行)まで、事務部門の安定稼働を強力にバックアップいたします。