オホーツク管内の農繁期において、パート従業員を複数の農家でシェア(掛け持ち雇用)するケースがあります。
この場合、「複数の勤務先」を持つ労働時間の合算ルールや、農業特有の法律を誤解すると、未払い残業代トラブルを引き起こす危険性があります。
本記事では、掛け持ち雇用時の労働時間ルールと、農業法人が陥りやすい給与計算のポイントを解説します。
1. 複数の職場で働くパートの「労働時間」は合算される
労働基準法では、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定められています。
つまり、A農家で1日4時間、B農家(または別の会社)で1日5時間働いた場合、そのパート従業員の1日の総労働時間は「9時間」として扱われます。
法定労働時間である1日8時間を超えた「1時間分」については、割増賃金(残業代)を支払う義務が発生します。
| 残業代を払うのはどちらの会社か? | ルールの原則 |
|---|---|
| 原則(後から契約した側) | 法定労働時間(8時間)を超える原因となった、後から雇用契約を結んだ事業主、あるいは後からシフトを入れた事業主に割増賃金の支払い義務が生じます。 |
| 実務上の高いハードル | 従業員が「他社で何時間働いてからうちに来たのか」を毎日正確に把握し、給与計算に反映させることは、手計算やエクセルではほぼ不可能です。 |
2. 「農業は残業代が出ない」という思い込みの罠
農業を営む経営者の多くが「農業は労働時間や休日の法律が適用されない(労基法第41条)から、残業代は関係ない」と考えがちです。
確かに、「農産物の栽培・収穫」といった自然の天候に左右される作業については、労働時間等の適用除外となります。
しかし、現代の農業法人において、この法律は危険なところがあります。
| 業務の内容 | 労働基準法(残業代ルール)の適用 |
|---|---|
| 畑での栽培・収穫作業 | 【適用除外】天候に左右されるため、1日8時間を超えても残業代は発生しません。(※深夜業の割増は必要です) |
| 選果場での箱詰め・加工・直売 | 【適用される】屋内で天候に左右されない「製造業・小売業」とみなされるため、1日8時間を超えれば厳密な残業代の支払い義務が発生します。 |
つまり、午前中に畑で収穫(適用除外)を行い、午後に選果場で箱詰め(適用あり)を行い、さらに別の職場で掛け持ちをしているような場合、その給与計算は複雑となります。
3. 複雑すぎる給与計算が招く未払い残業代シミュレーション
加工部門(労基法適用あり)の労働時間を正しく把握せず、残業代の未払いが労基署の調査で判明した場合をシミュレーションしてみます。
下記、例として仮定した金額です。
【条件】
・選果場や直売所(残業代適用)で働くパート従業員:5名
・未払いの残業時間:1日1時間(月20日勤務で月20時間)
・パートの時給:1,000円(残業時の割増単価1,250円)
・未払い期間:過去3年間(労働基準法の遡及期間)
| 発生する損失項目 | 具体的な計算内容と被害規模 |
|---|---|
| ① 未払い残業代の一括請求 | 1,250円 × 月20時間 = 月額25,000円 25,000円 × 36ヶ月(3年)× 5名 = 450万円の一括支払いが命じられます。 |
| ② 付加金(ペナルティ)のリスク | 悪質な未払いと裁判所で判断された場合、未払い金と同額の「付加金」が加算され、最大900万円の支払い命令となるリスクがあります。 |
| ③ 事務担当者の離職 | 天候で毎日変わるシフトや他社での勤務時間の合算など、複雑すぎる給与計算によって経理担当者の負担は重くなります。 |
4. 農業法人の掛け持ち雇用と給与計算に関するよくある質問(Q&A)
Q1. 他の農家とパートをシェアする場合、片方の農家がまとめて給与を支払っても良いですか?
A. 労働基準法および職業安定法違反となるため、絶対にやってはいけません。
毎月の給与計算について、A農家で2社分の給与を全額払い、後からB農家がA農家に精算するといった方法は、労働基準法の「賃金直接払いの原則」に違反します。
パートを掛け持ちでシェアする場合であっても、必ず「A農家」「B農家」それぞれが個別に雇用契約を結びます。
そして、別々にタイムカードを管理して、各社から直接給与を支払わなければなりません。
Q2. 収穫作業(適用除外)のパート従業員であっても、タイムカードでの打刻は必要ですか?
A. はい、必要です。
労働時間の制限が適用されない農作業であっても、「深夜業(午後10時〜午前5時)」に対する割増賃金の支払いは必要です。
また、過重労働による健康被害を防ぐための労働時間把握は、業種を問わず全事業主の義務(安全配慮義務)となっています。
Q3. 農業法人化して6次産業化(加工・販売)を進める予定ですが、労務管理はどう変わりますか?
A. 一般の企業と全く同じ、極めて厳格な労務管理が求められるようになります。
選果場や直売所のスタッフには労働基準法がフル適用されるため、残業代計算、有給休暇の管理、36協定の締結などが必須となります。
法人化のタイミングでクラウド勤怠システムを導入し、すべてを自動化しておくことが成功の鍵です。
5. まとめ:農業法人の発展には「プロによる給与計算のインフラ」が不可欠
規模を拡大し、法人化や6次産業化を進める現代の農業経営において、労務管理の難易度は一般の企業より複雑です。
| こんな症状があれば労基署の指導リスクが迫っています |
|---|
| 畑での作業と、選果場(加工・梱包)での作業の労働時間を区別せずに給与計算している。 |
| パート従業員が他の会社で何時間働いているか、全く把握していない。 |
| 「うちは農業だから残業代もタイムカードも関係ない」と経営陣が思い込んでいる。 |
天候に左右され、ただでさえ多忙な農繁期に、経営者や事務員が複雑な給与計算を管理していては生産性の向上は望めません。
自社の労働時間管理や、加工部門の残業代計算に不安を感じた農業法人の経営者様は、労務管理のプロである社労士へご相談ください。
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