基礎知識

「デジタル給与」解禁!導入前に社長が見落とす「労使協定」3つのチェックポイント

 

給与の支払いは、企業と従業員を繋ぐ最も大切な約束です。

労働基準法が改正され、スマートフォンの決済アプリなどへ給与を振り込む「デジタル給与」が可能となりました。

私は社労士の視点から、オホーツク管内の企業が最新の法令を正しく遵守し、経営者が安心して事業に専念できる環境づくりを全力で応援したいという情熱を持っております。

法律を適切に理解し、労務管理の基盤を強固にすることは、会社を守るだけでなく、従業員とその家族の豊かな生活を守ることに直結します。

今回は、デジタル給与を導入する前に、確認しておく「労使協定」のポイントを解説いたします。

 

1. なぜ今、デジタル給与と労使協定が重要なのか

まず、デジタル給与を導入するためには、必ず「労使協定の締結」と「個別の従業員の同意」という手続きが必要です。

その理由は、労働基準法第24条第1項で定められている「賃金支払の5原則」の中に、「通貨払いの原則」が存在するからです。

給与は原則として現金で支払わなければなりません。銀行口座への振り込みも、実は労働者の同意を得た場合にのみ許される、例外的な取り扱いとして認められているに過ぎません。

今回のデジタル給与解禁は、厚生労働大臣が指定した「指定資金移動業者」の口座への資金移動による支払いを、新たな例外として認めるものです。

しかし、これを会社が一方的に進めることは法律上許されていません。事業場の過半数労働組合、または過半数代表者との間で書面による労使協定を結ばなければならないと定められています。

したがって、従業員から要望があったからといって、いきなり個人の決済アプリに送金することは明確な法律違反となります。

まずは社内の労務ルールを整備し、適切な手順を踏むことが、将来の予期せぬトラブルを防ぐ第一歩となります。

 

2. デジタル給与導入の仕組みと根拠

デジタル給与を導入するための法的な要件と仕組みについて、厚生労働省が公表している「資金移動業者の口座への資金移動による賃金支払について」という指針を根拠に整理します。

以下の表をご確認ください。

 

必須要件 詳細解説
労使協定の締結 対象となる労働者の範囲、対象となる賃金の範囲、利用する指定資金移動業者などを協定で明確に定めます。
個別の同意取得 従業員に対して、制度の仕組みや万が一の破綻時の保証内容(またはリスク)を説明し、書面または電磁的記録により個別の同意を得る必要があります。
代替手段の確保 従業員がデジタル給与を希望しない場合、または資金移動業者が破綻した場合に備え、従来通りの銀行口座等への振り込みも選択できるようにしておかなければなりません。

 

これらの手順を一つでも省略することはできません。

社労士としての見地からは、同意書等のフォーマットは厚生労働省のモデル様式を活用し、会社として説明義務を果たしたという記録を客観的に残すことが、企業防衛の要であると考えます。

 

3. 北海道特有の注意点:冬期手当と広大な移動距離に伴う壁

北海道の企業がデジタル給与を導入する際、本州の企業にはあまり見られない特有のハードルが存在します。

それは、冬期手当(燃料手当)の支給や、長距離通勤に伴う高額な通勤手当、そして第一次産業における季節雇用の存在です。

デジタル給与の制度には、資金移動業者の口座残高の上限が「100万円」に設定される重要なルールがあります。

もし、給与振り込みによってアカウントの残高が100万円を超えてしまう場合、超過分はあらかじめ紐づけられた銀行口座等へ自動的に退避送金される仕組みが必要です。

北見市を拠点とし、オホーツク管内を広くカバーする企業を例に考えてみましょう。

広大な北海道では移動距離が長く、通勤手当が月額数万円に上ることは珍しくありません。さらに、秋から冬にかけては、一括で支給される燃料手当が加わります。

例えば、斜里町や清里町などの農業・漁業が盛んな地域における季節労働者の方々や、遠軽町の建設業で働く従業員に対し、北海道の地域別最低賃金の上昇に伴う基本給の引き上げを行ったとします。

そのうえで、数十万円単位の冬期手当を一括支給した場合、通常の給与と手当が合算されて振り込まれる月は、資金残高の上限である100万円を超えてしまうリスクが生じます。

社労士としては、賞与や高額な燃料手当が支給される月については、最初からデジタル給与の対象外とし、全額を従来の銀行口座へ振り込むような労使協定を結ぶなど、地域の実情に合わせた運用面の工夫が不可欠であると考えます。

 

4. 振込手数料と事務負担の比較

経営者や総務担当者にとって気がかりなのは、導入によるコストと業務手間の変化です。

従来の銀行振込とデジタル給与の比較を表にまとめました。

 

項目 従来の銀行振込 デジタル給与(資金移動業者)
振込手数料 金融機関や契約内容によりますが、他行宛ては数百円のコストが発生する傾向があります。 利用するサービスによりますが、法人向けの振込手数料が安価に設定され、コスト削減に繋がる可能性があります。
事務の手間 給与計算ソフトからファームバンキング用データを出力し、一括で送信する手順が確立されています。 従業員ごとに銀行口座用と資金移動業者用で送金データを分割し、2系統で送金手続きを行う事務負担が増加する懸念があります。
従業員の利便性 現金引き出しや、家賃・公共料金の引き落としに必須です。 日常的な買い物や個人間の送金に直結し、チャージの手間が省けるメリットがあります。

 

一部の振込手数料が安くなる可能性がある一方で、経理担当者の作業は「銀行用」と「アプリ用」に複雑化します。

総務・経理の人員が限られている中小企業においては、導入により管理負担が増大する懸念があることを念頭に置くべきです。

 

5. 具体的な計算例とシミュレーション

では、オホーツク管内の企業で働く従業員のモデルケースを用いて、実際の支給額のシミュレーションを行ってみましょう。

条件:北見市在住の従業員。基本給250,000円。11月に燃料手当100,000円を支給。

労使協定に基づき、給与のうち「最大100,000円」を決済アプリに支払い、残りを銀行口座へ支払うという個別の同意を得ている場合。

 

支給項目 金額 支払先の内訳
基本給 250,000円 -
通勤手当 30,000円 -
燃料手当(11月支給) 100,000円 -
社会保険料・税金等控除 ▲ 70,000円 -
差引支給額(手取り) 310,000円 デジタル給与:100,000円

銀行口座振込:210,000円

 

このように、給与の全額ではなく、一部のみをデジタル給与として振り込むことも法律上可能です。

生活費として日々の決済アプリで使う金額だけをデジタル給与に指定し、家賃の引き落としや将来のための貯蓄に回す分は確実にお持ちの銀行口座へ残すという、柔軟な制度設計を行うことができます。

 

6. 間違えた場合のリスクと対策

正しいルールを無視してデジタル給与を導入してしまった場合、企業には重大な法的リスクが生じます。

もし、過半数代表者との労使協定を結ばずに、あるいは従業員の個別の同意書を取得せず決済アプリへ給与を送金した場合、労働基準法第24条の「通貨払いの原則」違反となります。

この違反が発覚した場合、労働基準法第120条の規定により、企業に対して30万円以下の罰金が科されるおそれがあります。

また、同意を得る際のプロセスにも細心の注意が必要です。

会社側が「今月から全員決済アプリで支払うから同意書にサインして」と、事実上強制することは絶対に認められません。

従業員が自由な意思で選択したと客観的に認められない場合、その同意自体が無効と判断されるリスクがあります。

社労士の視点からは、同意書の取得時には「デジタル給与を希望しない場合は、これまで通り全額を銀行振込で受け取ることができる」という事実を、口頭でも書面でも明確に伝えることが、のちの労使トラブルを防ぐ最大の対策となります。

 

7. よくある質問(Q&A)

Q1. 大企業がデジタル給与を始めたら、うちの会社も対応しなければならないのでしょうか?

A. 会社に導入の義務は一切ありません。

デジタル給与はあくまで従業員に対する「支払いの選択肢が増えた」という位置づけです。

自社の経理体制の余裕や、従業員からの実際の要望の有無を総合的に判断し、当面は導入を見送るという経営判断も全く問題ありません。

【参考】

どの決済アプリでも使えるわけではなく、国が指定した特定の事業者のみが対象となります。

 

Q2. 利用している資金移動業者がもし倒産したら、従業員の給与はどうなりますか?

A. 厚生労働大臣の厳しい審査を経て指定を受けた資金移動業者は、口座残高が全額保全される仕組み(保証機関との契約など)を講じることが義務付けられています。

この仕組みにより、万が一事業者が破綻した場合でも、保全された資産から優先的に弁済を受けることが可能な制度設計となっています。

 

Q3. アルバイトや季節雇用の方であってもデジタル給与の対象にできますか?

A. 締結した労使協定の「対象となる労働者の範囲」に含まれていれば、正社員だけでなく、アルバイトやパートタイマー、北海道の第一次産業で多く見られる季節雇用の方であっても対象となります。

短期雇用の従業員にとって、給与受け取りのためだけに新たに特定の銀行口座を開設する手間が省けるという点は、採用活動における一つの強みになる可能性があります。

 

まとめ

デジタル給与の解禁は、多様化する現代の働き方に対応する新たな一歩です。

しかし、どれほど便利なシステムであっても、そこには必ず遵守すべき法的な手続きが伴います。

労使協定の締結、自由意思に基づく個別同意の取得、そして残高上限といった細かなルールを経営トップが正確に把握することが不可欠です。

特に北海道やオホーツク地域においては、冬期の燃料手当や、広範囲な通勤距離による手当の変動など、地域特有の給与事情を深く考慮した制度設計が求められます。

表面的な利便性や目新しさだけで飛びつくのではなく、自社の現在の給与体系や経理の負担と照らし合わせて、慎重に検討を行う必要があります。

給与計算は会社のリスク管理そのものです。まずは自社の状況をチェックしてみてくださいね。

 

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